保土ケ谷区を流れる帷子川の由来や歴史をご存じですか?
保土ケ谷区を流れる帷子(かたびら)川は、東海道五十三次に登場する帷子橋の架かっていた、当時の情緒深さを色濃く残す人口の川です。
現在は治水工事により川の位置が変わっていますが、まちのシンボル的存在として今も区内を流れています。
今回は、そんな帷子川の豆知識をご紹介します。
帷子川は保土ケ谷区のどこを流れている?
帷子川は、保土ケ谷区の天王町駅~西谷駅周辺の相鉄線沿いを縫うようにして東西に流れる川です。
横浜市旭区青葉台を源流に、横浜港まで続く都市河川で、全長約17㎞の長さがあります。
川辺は親水施設となっている個所がいくつもあり、全域を通して自然にふれたり歴史を垣間見れたりする憩いの散策路となっていますよ。
富士瓦斯紡績工場が一帯にあった川辺公園は、区内にある親水施設のひとつで、立地は区役所や消防署などが建ち並ぶ区の中心地です。
最寄りには蚕を祀った白姫神社があり、当時の紡績産業の賑わいを感じさせます。
横浜市唯一の渓谷のある陣ヶ下渓谷公園の近くには、陣ヶ下渓谷広場もありますよ。
また、この辺りの水は一時期汚染されましたが、それ以前は親子の河童伝説があるほど水は清らかだったようです。
現在は再び川底の見える透明度に戻り、ホタルなどの川辺の生き物観察を楽しめる環境となっています。
保土ケ谷区の帷子川にまつわる名前の由来や歴史
続いて、保土ケ谷区の帷子川にまつわる名前の由来や歴史をご紹介します。
帷子の由来は諸説ありますが、保土ケ谷区歴史資料地図によると、山と平地の地形に流れる川の周辺一帯を「かたひら」を呼び、そのまま川の名称になったそうです。
興味深い説がいろいろあるので、散策がてら物知りそうな地元の年配の方に声をかけて聞いてみるのも楽しいかもしれません。
現在の帷子川は分水路となった治水工事後の状態で、本来は蛇行の多い暴れ川として、ときに住民を苦しめていたそうです。
急速な都市化にともない、地面へ浸水する水量の低下からたびたび水害にみまわれていた時期もありましたが、分水路を流れる今では考えられないほど川の流れは穏やかです。
古来より、船着き場や染料の洗い場として、豊富な水資源とともに歩んできた歴史が保土ケ谷区にはありますよ。
まとめ
帷子川の歴史を知れば、保土ケ谷区にますます愛着が湧いてくるかもしれません。
分水路となったのちは親水施設が多くなっているので、親子で散歩しやすくて毎日のお出かけが楽しみになりそうです。
近隣住民の憩いの場にもなっているので、通ううちに地元の方と知り合いになれるかもしれませんね。
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