
横浜市最古の旧石器時代の遺跡「矢指谷遺跡」|旭区に残る約3万年前の歴史
横浜市最古の旧石器時代の遺跡「矢指谷遺跡」|旭区に残る約3万年前の歴史
横浜市旭区矢指町に、横浜市内でも最も古い時代の人々の暮らしを知ることができる場所があります。その場所が「矢指谷遺跡(やさしやといせき)」です。
現在は聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院が建つ一帯ですが、発掘調査によって旧石器時代の石器や縄文時代の住居跡などが発見されています。
横浜市歴史博物館では、矢指谷遺跡について約3万年前の人間の生活の跡が見つかった、市域で最も古い遺跡の一つとして紹介しています。
横浜というと開港やみなとみらいなどの近代的なイメージが強い街ですが、実は約3万年前までさかのぼる人々の足跡が残されています。
矢指谷遺跡とは?

矢指谷遺跡は、横浜市旭区矢指町にある旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡です。
現在の聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院周辺に位置しており、病院建設に伴う発掘調査によって遺跡の存在が詳しく分かりました。
この一帯は台地と谷戸が入り組んだ地形となっており、旧石器時代から縄文時代にかけて人々が活動していた痕跡が確認されています。
約3万年前のナイフ形石器が発見

矢指谷遺跡が特に注目される理由が、旧石器時代のナイフ形石器が発見されていることです。
矢指谷遺跡では、約3万年前に降った火山灰よりも古い地層から石器が見つかっており、横浜市内で確認されている最古級の人間活動の痕跡と考えられています。
今から約3万年前といえば、もちろん住宅も道路も鉄道もありません。現在、多くの住宅が建ち並ぶ旭区に、その頃すでに人々が訪れ、生活していたということになります。
現在の旭区の街並みからは想像しにくいですが、この地域には約3万年前から人々の足跡が残されています。
旧石器時代の横浜はどんな場所だった?
約3万年前の横浜は、現在よりも気候が寒く、針葉樹を中心とした自然環境だったと考えられています。
当時の人々は一つの場所に定住するのではなく、獲物などを求めながら移動して生活していました。
石を打ち欠いてナイフ形石器などを作り、それらを使いながら狩猟などを行っていた時代です。
横浜市内でも石器を作った跡や、石を集めて調理などに利用したと考えられる遺構が発見されています。
現在の横浜の街並みからはなかなか想像できませんが、約3万年前にもこの地域を歩いていた人たちがいたのです。
縄文時代の住居跡も見つかっている

矢指谷遺跡の歴史は旧石器時代だけではありません。発掘調査では、縄文時代早期の住居跡や炉穴、多数の土坑なども発見されています。
土坑の中には、動物を捕獲するための落とし穴として利用されていたと考えられるものもあります。
つまり矢指谷遺跡では、旧石器時代から縄文時代へと、人々がこの土地をどのように利用してきたのかを知ることができます。
なぜこの場所に人々がいたの?
矢指谷遺跡周辺には、「谷戸」と呼ばれる谷状の地形があります。横浜市内で発見されている旧石器時代の遺跡は、河川やその支流に面した台地や谷に立地しているものが多く確認されています。
矢指谷遺跡も、台地と谷戸が組み合わさった場所にあります。高台と谷がある地形は、周囲を見渡したり、動物を追ったりする当時の人々にとって利用しやすい環境だったことが考えられます。
現在の住宅街だけを見ているとなかなか分かりませんが、地形を意識しながら歩いてみると、昔の姿を少し想像できるかもしれません。
現在の矢指谷遺跡では何が見られる?

「矢指谷遺跡に行けば、昔の住居跡や石器をそのまま見ることができるの?」と思う方もいるかもしれません。
現在は、発掘された遺構がそのまま保存されている史跡公園ではなく、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院が建つ一帯となっています。
現地には矢指谷遺跡について紹介する説明板があり、発掘された石器や遺構などについて知ることができます。
現地では遺跡そのものを見るというより、「この場所で約3万年前の人々の痕跡が発見された」という歴史を感じながら説明板を見るスポットです。
病院の敷地周辺にあるため、訪れる際は患者さんや病院利用者の迷惑にならないよう配慮しましょう。
三ツ境駅から徒歩約12分

矢指谷遺跡周辺は、駅から歩いて訪れることができます。最寄り駅は相鉄線「三ツ境駅」です。
聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院までは、三ツ境駅北口から徒歩約12分・約1kmです。
三ツ境駅北口から野境道路方面へ進み、中原街道の「西部病院入口」交差点を越えて病院方面へ向かいます。
約1kmの距離なので、天気の良い日なら街歩きを兼ねて訪れてみるのもよいでしょう。
バスなら三ツ境駅から約5分
歩くのが大変な場合は、バスでもアクセスできます。三ツ境駅北口から若葉台中央方面へ向かうバスに乗車し、「西部病院前」で下車します。
三ツ境駅から西部病院前までは約5分です。徒歩でもバスでもアクセスできるため、旭区の歴史スポットとしては比較的訪れやすい場所です。
車で行く場合は?
聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院には有料駐車場があります。ただし、ここは矢指谷遺跡専用の観光駐車場ではありません。
病院利用者向けの駐車場となるため、遺跡を目的に訪れる場合は、三ツ境駅から徒歩またはバスを利用するのがおすすめです。
アクセスの目安
・相鉄線「三ツ境駅」から徒歩約12分
・三ツ境駅からバスで約5分
・遺跡専用駐車場はありません
詳しく知るなら横浜市歴史博物館へ
矢指谷遺跡について、さらに詳しく知りたい方には都筑区にある横浜市歴史博物館もおすすめです。
常設展示では、旧石器時代から縄文時代にかけての横浜について紹介されています。
さらに、矢指谷遺跡の地層断面模型も展示されており、約3万年前の横浜の様子をより詳しく知ることができます。
現地で矢指谷遺跡の説明板を見たあとに横浜市歴史博物館を訪れると、遺跡についてさらに理解が深まるでしょう。
約3万年前から人々の足跡が残る旭区
現在の旭区は、相鉄線沿線を中心に住宅地が広がる街です。しかし、その歴史をたどっていくと数百年前、数千年前どころではありません。
約3万年前までさかのぼります。現在の聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院周辺から発見された矢指谷遺跡は、横浜市内でも最古級の人間活動の痕跡を伝える貴重な場所です。
三ツ境駅から徒歩約12分。普段何気なく歩いている旭区の街にも、実は約3万年という長い歴史が眠っています。
矢指谷遺跡を知ってから街を歩いてみると、いつもの旭区が少し違って見えるかもしれません。
横浜には開港以降だけではなく、旧石器時代から続く長い歴史があります。矢指谷遺跡は、そんな旭区の知られざる歴史を伝えてくれる場所です。
